童子堂

秩父札所二十二番 童子堂

こちらの札所での見どころを含め見て回ったところはほかに比べて広い範囲となりました。
道路からの入口でのお地蔵さまや旧永福寺の跡地・長日城土塁上に建てたお地蔵さまと童子堂のある札所内など、あらかじめ場所を確認して効率よく回ることをお勧めします。
実際私は行ったり来たりしましたので。

童子堂どうじどうについて

 淳和天皇の弟にあたられる伊予親王の菩提を弔うために、遍照僧正が大同2年この地の領主に堂宇を建立させたのが寺の草創だそうです。延喜15年には天然痘が蔓延したが、観世音の霊験によって退散したそうで、また幼児の病気平癒にも効力があるといわれます。童子堂の名はそれにちなんだそうです。

参道に咲くオニユリ

童子堂の見どころ

  • 仁王門と仁王像
  • 地蔵塚(石舞と呼ばれる石組を模し人々を救い朽ち果てた六地蔵を奉る)
  • 子宮地蔵(長日城土塁上に寺の宝物を埋め子どもの無病成長を願い建立)
  • 童子堂(正面唐戸の風神・雷神)
  • 六地蔵
  • 大聖不動明王
  • 身代わり地蔵尊
  • とげぬき地蔵
  • 永福寺本堂
  • 5月5日 降誕会
  • 12月18日 お不動様

童子堂境内案内図

境内案内図

入口のお地蔵さま

お地蔵様と武甲山

県道72号・秩父荒川線から童子堂へ曲がる角に鎮座するお地蔵様で奥には武甲山が見えます。
この道路を挟んだ反対側に昔は栄福寺があったそうで、今ではトウ・プラス寺尾工場の脇の道に 虚空蔵菩薩の石像が祀られているだけですが、訪れた時にはお花があげられていましたので、おそらく毎日どなたかがお参りされているのかと感じました。

六地蔵と仁王門

六地蔵と仁王門

こちらの六地蔵さまは、向かって右から伏息地蔵尊・伏勝地蔵尊・諸龍地蔵尊・護讃地蔵尊・無二地蔵尊・禅林地蔵尊の順で並んでいます。
地蔵菩薩は釈尊の死後弥勒菩薩が成道するまでの無仏時代に於ける衆生済度を付嘱された菩薩です。地蔵信仰は鎌倉時代以後民間信仰にとりいれられた六地蔵(六道能化を主とする)の参詣が非常に多いです。

仁王像

童子堂の仁王門は秩父の札所の中で唯一茅葺屋根で作られており、その中に鎮座する仁王像は他でよくみられるものと違う一風変わった仁王像で童子仁王と言うそうです。こちらの写真は阿形で右側に、左側は吽形の仁王様がいます。
仁王門を通り抜けると正面に 大聖不動明王の石像が見えます。

童子堂

童子堂

仁王門から歩いて左手に童子堂はこっちですよと案内している 指さし石が手前にあり、正面手前右手には 手水舎があります。
童子堂正面唐戸には風神・雷神・迦陵頻伽など見事な彫刻が施されているのですが、拝観時間には扉が開かれていて裏側しか見ることができません。拝観時間が過ぎると扉が閉められますので見ることができます。

堂内欄間の扁額には御詠歌がかかれ、中央右側には観世音菩薩の文字が、左側には大勢至菩薩、中央が残念ながら判読できませんでした。
中央奥には本尊を安置した厨子があり天井には蓮池が描かれ、おさるさんがたくさん吊り下げられていました。また、入口右手の扉に貼られた 千社札に「ドラえもんの声でおなじみの大山のぶよ」さんのものが確認できます。

気が付きにくいところですが、童子堂の正面右側の床下には 井戸の跡が残っており、お話を伺ったところここに猫が落ちてしまった事がありレスキュー隊に救助されたそうです。

身代わり地蔵尊と地蔵塚

身代わり地蔵尊と地蔵塚

童子堂の反対側にはとげぬき地蔵尊をはじめ、身代わり地蔵尊や地蔵塚があります。地蔵塚は今まで人々を救ってきて朽ちてしまった六地蔵さまなどが供養された塚のようです。隙間から中にいるお地蔵様たちを拝観することができます。

本堂

本堂

本堂入って右手に納経所があります。

子宮地蔵

子宮地蔵は、童子堂の敷地内ではなく、童子堂へ向かう途中の道から少し脇に入ったところにあります。長日城土塁上に寺の宝物を埋めたといわれる上に子どもの無病成長を願い建てられたそうです。

観音霊験記と御朱印

讃州の人化犬
その昔讃岐の国に大変欲張りな長者あり旅の僧来りて物乞いしが少しも恵む事なく僧の怒りにふれ長者の息子犬と化し童子堂にて祈願せしおり忽ち元の姿に戻り其の後長者は永福寺の熱心な信者となれり

栄福寺の御朱印

墨書き 華台山 聖観音 童子堂
三宝印 佛法僧寶

寺院情報

宗派真言宗豊山派
山号華台山
寺院名童子堂
御本尊聖観世音菩薩
御真言おん あろりきゃ そわか
御詠歌極楽を ここで見つけて わらう堂 後の世までも たのもしきかな
住所埼玉県秩父市寺尾3600
電話0494-23-9989

駐車場

お手洗い

休憩所

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