12/7日曜日 天気が良かったのでバイクで出かけたいのだが、この時季は寒いので早めに帰ってこれる場所へ出かけました。
いつもながら、寺院・遺跡巡りが好きな旅の記録です。
メインの写真は生原観音堂から見える岩櫃山です。
今年は熊の出没がかなり多いため登山(ハイキング)は控えていますが、いつか岩櫃山に登る記録もアップしたいなと考えています。
生原観音堂

生原観音堂は中之条東吾妻線(県道58)から少し入ったところにあります。
この場所はしだれ桜が有名らしくグーグルマップで紹介されています。
春にはこのしだれ桜ともう一つある大きな桜がみごとに咲き誇るようです。
観音堂内をわずかな隙間から覗きましたが、かなり暗くてほとんどなにも見えない状態です。
御堂の右側には勢至大菩薩の石塔があり、左側には庚申塔・石仏・墓石が集められています。
釜立観音堂


先ほどの生原観音堂の前の道をそのまま南西方向に進むと釜立観音堂があります。
御堂の中、中央に扉がついた木箱があり両脇に 仏像が安置されています。
中央のご本尊の観音さまはどなたでしょう。
梁瀬の氷壁

県道に向かう途中の吾妻川の支流となる温川にかかる橋から見ることができます。
写真右側には細い滝が流れていますが、中央から左の斜面には少し凍ったところが見られます。
見ごろとなる時期には寒さが足りず早すぎるようでした。
大運寺

立派な山門です。残念ながら二階には上がれません。

大運寺は、以前巡礼した吾妻33観音8番札所の仙人窟へ登る途中にあった石碑に大運寺の名が刻まれていたので、関連があるのではないかと想像し一度訪れたいと考えていたお寺です。
本尊は阿弥陀佛です。
由緒
興国年間、宝誉上人が京都より惠親僧都の親作なる宝冠の阿弥陀佛像を負い来て、信者を勧奨し堂宇を大戸村寺原に創立しました。その後天正年間に現在の場所に移りました。
岩殿観音堂


岩殿観音堂は中之条東吾妻線から大戸の信号手前、右への脇道を進んだ先にあります。
道路からすぐ見つけることができますが、山の斜面かなり高い位置にあります。
観音堂の近くには燈篭や石塔が確認できますので、本来は別の参道があるのだと思いますが、斜面をまっすぐ登ってたどり着きました。
写真でもわかる通りかなり損傷が激しい状態です。
中央に梯子があげてあり届く高さなので、降ろして登ることも考えたのですがわりと近くで犬のような鳴き声がしました。
ちょっと不安になり(熊かもしれないと思いかなりビビッてる)
岩殿観音堂から斜面を転げ落ちるかのように降りていき、その場から退散しました。
忠治地蔵(国定忠治刑死場跡)

忠治地蔵(国定忠治刑死場跡)は先ほどの岩殿観音堂から西へ進み県道377号を通り国道406号線を左折、その先の大戸の信号を通過から1.4kmほど進んだ左側にあります。
中央に忠治地蔵があり右側には国定一家十二人衆の名が刻まれた碑があります。
国定忠治といえばそれまではイメージが悪かったのですが、左奥の碑に書かれた内容を見ると大飢饉のときに米の放出を役人に願い出たが聞き入れてもらえず、打ちこわしし住民に施しをしたり家財を売り払って人々を助けたりしたと書かれています。
亡くなった日が12月21日という大切な友人と同じ命日でした。
なんかひかれるものがあったのかもしれません。

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