
参道にある冠木門をくぐり抜けると右側に六地蔵などの石仏、その先にはきれいな太鼓橋があります。
駐車場のそばには清水でしょうか、きれいな水が流れています。
満願寺について
真言宗高野山竜光院末寺
歴史は古く記録には弘治二(1556)年の「再興勧進帳」元亀二(1571)年の祈祷札、織田信長禁制、小笠原貞慶書状等がある旧観音堂は弘治の建造で松尾寺薬師堂と同手法であった「坂上田村麿妖賊退治」「お小僧火」等伝説の寺でもあるとのことです。
満願寺案内図

微妙橋(お経橋)


明治三十九年(1906)東穂高村在住で木曽福島の大工瀬川伊勢松が再建をてがけた橋長約15m、橋幅約3.6m、切妻造りの屋根付太鼓橋です。橋板の裏面には、梵字の経文「陀羅尼」が書かれているので、お経橋とも呼ばれ、善男善女が極楽浄土へ渡る橋として親しまれています。
当初の架橋年代については定かでありませんが、 弘治二年(1556)の満願寺勧進状には、三途の川を渡る橋として登場することから、それ以前に建築された橋であることがわかります。
橋の裏側を撮影しましたが墨文字はだいぶかすれてしまっていました。
満願寺地蔵堂

堂内中央にお地蔵様が佇んでいます。
まわりには供養の人形などがたくさん置かれています。
満願寺仁王門

鐘楼・栗尾観音

聖天堂


明治二十八年(1895)東穂高村在住で木曽福島の大工、瀬川伊勢松が建築をてがけました。
正面の唐破風の軒、柱、斗栱には繊細で華麗な彫刻、正面両側の花頭窓の対比、宝形造の屋根峰の露盤、こけら葺屋根の優美な勾配と広がり、全体として優美繊細の中に力強さを感じさせるのが特徴です。
堂内に安置された聖天尊は「大聖歓喜自在天」とも呼ばれ、財宝、和合の神として、インドの民俗信仰の神で密教の中に取り入れられ伝来し、日本では農業商業の神として尊信されています。また、堂内の格天井には藤森桂谷による「龍」 が描かれています。 (案内板より)
満願寺本堂


訪れた時には留守のため御朱印はいただけませんでした。
もう一度訪れ、その時は本堂を拝観できたらいいなと思います。
庫裏の雀おどし

庫裏の屋根です。軒にはスズメバチが巣をつくり活動をしていました。
側にも巣があった跡がありますので、今年だけではなさそうです。
御朱印
宝印
墨書
令和6年11月4日に訪れましたが不在のため御朱印はいただけませんでした。
寺院情報
| 宗派 | 真言宗豊山派 |
| 山号 | 栗尾山 |
| 寺院名 | 満願寺 |
| 御本尊 | 千手観世音菩薩 |
| 御真言 | オン・バザラ・タラマ・キリク |
| 御詠歌 | ありがたや 功力も深き 観世音 導き給へ 弥陀の浄土へ |
| 住所 | 安曇野市穂高牧1812 |
| 電話 | 0263-83-2088 |


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